2009年1月1日木曜日

黒豆

大晦日の昨日、渋谷の東急で、黒豆と数の子を購入。黒豆は当初購入予定ではなかったが、なぜだか、大勢の客の熱気のせいなのか、買わなきゃいけない気になった。
夜は姉が仕事から帰るのを待って、年越しそばと黒豆を食した(そのとき数の子はまだ塩抜き中だった)。一足早い黒豆をつつきながら、母が昔正月に作ってくれていた、あの固い、粘り気のある黒豆を思い出していた。自分にとって煮豆は一年に一回、母親が作るあの黒い固い豆だった。やわらかいふっくらとした煮豆は、何か煮豆を食べた気がしない。姉はいつか自分たちも黒豆を煮るようになるのだろうか、と言った。私は出来合い品に頼って、今後もまた正月を迎えていくのだろうと思った。

2008年12月30日火曜日

鶏うどん

早いもので2008年が終わる。年末年始、行き場のない私は、考えあぐねた末、年始にベトナムを10年振りに訪れることにした。受け入れてくれるK先輩に本当に感謝。
親戚のS伯母さんは有難くも広島へ招待してくれていたが、東京で年末年始なく働く姉と当分の間、最初で最後の一緒の年越しとなると分かっていたので、東京に留まることにした。
昨夜は、姉の作ってくれた暖かい鶏うどんを食しながら、4月以来初めてゆっくり話をした。今春に再社会人として出発し、一方で姉は秋に転職を果たしたことで、自分自身がゆったりとした気持ちで姉と接することが出来た。本当に久々に味わった、姉との落ち着いた会話。大人になってこういう会話をする日がやって来たことが、心の底から嬉しかった。来年3月以降には温泉に姉といくことを約束した。記憶が薄れつつある家族との会話ってこんな感じなのか。

2008年3月7日金曜日

仕草

先日たまたま車の助手席に乗せてもらうことがあった。
運転していた人は時間に急いていたせいか、もともとなのか、結構荒い運転だった。
だからもちろんシートベルトをしていても体は揺れ動くしで、ちょっとだけ恐かった。
あるとき、左から年代物のいわゆるアンティーク・カーっぽい車が目の前に入ってきて、あんまり運転に慣れていないせいか、こちらの運転する側がイライラしだした気がした。しばらくその車の後ろを走っていると、こちらが急ブレーキをかけなければならないような運転をした。そのとき、私は自然と右手をダッシュボードに伸ばし、身体が急ブレーキの衝撃を受けないようにした。そして、ふと気づくと運転する人の左手が私の右腕に添えられていた。結局急ブレーキはかけずにすみ、その左手にお世話になることはなかったけれど、それは私がその人にほれた瞬間だった。荒い運転するなというお叱りも十理ありますけれども。かっこよかったな。

フランスパンのはじっこ

以前ふとした拍子に、4歳の頃に大阪の箕面に住んでいた時のことを思い出した。
母親はスーパーの買い物帰りに、購入したフランスパンのはじっこをちぎってはいつも近所の田んぼを駆け回る野良犬にあげていた。名前はなんだったか、ポン太だったかなぁ。
私は私で固いフランスパンのはじっこ、好きだったんだけど。今も好き。

2008年1月20日日曜日

修士論文の審査

修士論文の審査がいよいよ明日に迫ってきた。長かったようで短かったこの大学院生活。
今は早く終えて、次のステップに進みたい気持ちでいっぱい(博士ではなくて)。
こ1ヵ月以上家に引きこもっているストレスのせいか、早く友達に会ってお茶飲んでおしゃべりしたい。
パワポの原稿はあと少しだから、頑張らなきゃ。明日は雪で電車が止まりませんように。朝一番だから。

2007年10月27日土曜日

無農薬ニンニク

昨日、たまたま購入した無農薬栽培のニンニクを刻みながら、かつて母親は、主に生協で食品を購入するようにしていたことを久しぶりに思い出した。子供たちが大学に入学して家を離れてしまうと同時に、生協にはあまり行かなくなったと聞いた気がする。